親に人生を後悔されるのはキツイ
親に自分の人生を後悔されるというのは、子どもの立場からするとキツいものがある。
なんだか自分自身を否定されているようで。
要らない子でしたか。
小さい頃、母から父や祖母の悪口を聞かされ、何も答えられず部屋で泣いていた。
母がいない日に、祖母が店に来たお客さんに母の悪口を言っているのを聞いて、またひとりで泣いて。
それで、いつの間にふたりの間、両親の間の伝書鳩の役割や、不穏な空気になるのを察知してお馬鹿なフリして和ませる役割、お互いに頼みにくい事の請負いを、祖母が父が亡くなるまでしてきた。
何もわからない末っ子の顔して。
祖母にも両親にもそれぞれ愛情を注いでもらったと思っているのだけど、大人たちの仲が良くなかった。
父の新盆で、久しぶりに実家の母と兄と食事をしたら、母が
好きでもない人と結婚した
こんな家に嫁に来なければよかった
親の言うこと聞かずに東京にいればよかった
と言うのね。
それは私や兄が生まれない人生なんだよね。
私と兄の存在を否定されてるように感じるんだよね。
思春期であったなら、反発してるところなんだけど、高齢となって弱くなった母を踏みつけるわけにもいかず、兄と苦笑い。
私は何度も聞かされたことだけど、外遊び派の兄は知っていたのかな。現実派だからきっと意に介さないな。
父の家族は戦時中に東京から祖母の故郷であるこの地に疎開してきた。戦時が終わったら、祖父が東京から迎えに来るはずだった。
でも、終戦の2日前に空襲で亡くなり、その日は来なかった。
父方の伯母がよく
「子ども時代は豊かで幸せだったわね。戦後の少女時代は暗い時代だったわ。
父が生きていたら、東京に戻って進学して教師になっていたはず。
姉さんだって、あの人と結婚することもなかった。もっといいところにお嫁に行けた。
父が生きていたら…。」
と言っていて、昔はふむふむと興味深く聞いていたけれど、ある時アレ?って思った。
確かに祖父が生きていたら、伯母たちも父も祖母もきっと幸せだったかもしれないね。
だけど、そしたら従姉妹たちも私たちも生まれない。
母の家族もまた東京大空襲で焼け出され、親の故郷に疎開してきた。苦労して手にしたお店も財産もみんな焼けて、極貧から田舎で一からやり直し。
戦争でたくさんの人が亡くなり、たくさんの人の人生が狂ってしまったけど、その狂ったために、犠牲の上に私は存在している。
だから後悔されると結構キツイです。
いまだにそんな事考える私もどうかしています。お年寄りの戯言に反応し、少しセンチになってしまった。
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