小声で始まる話
毎年11月くらいから、夫はお客さんの所へカレンダー配りをしています。
このカレンダーを楽しみにしている年配の女性がおられて、先日、持っていくと昨年に引き続き旦那さんが玄関へ出てこられた。
カレンダーを渡し
「奥さまによろしくお伝えください。」
と言うと、ぶっきらぼうに
「かぁちゃんは死んだ。もう1年半経つ。」
と言われたそう。
ということは、去年の6月くらいか。
「そうだったんですね。全く知らなくて…ご病気でしたか。」
「いや、元気だったんだけど、ワクチン打った日の夜に、台所で倒れて死んだんだ。」
「えっーー!」
旦那さんは聞いてくれ、と言わんばかりに
「俺と一緒に打ちに行ってね。医者の言うにはワクチン関係ないって。心臓だって。
でも俺は絶対ワクチンのせいだと思ってる。だからもう打つのやめたんだ。あの時の1回しか打ってないんだ。かぁちゃんが死んで、俺はもういつ死んでも構わないと思ってね。
今年の夏に熱が出てさ、医者行ったら『陽性です』言われてさ、これで俺もかぁちゃんの所へ行けると思ったのに。風邪薬飲んだら次の日に治っちまった。」
こうして、ひとり暮らしになった80歳の旦那さんは、どこか自暴自棄で寂しさが漂っていたそうです。
最近、
「実は…」
と小声で始まるこの手の話をチラホラ耳にします。未接種なことも含め、ずっと口にできなかったことが、ようやく言える空気になってきたということかも。
全否定するわけではなく、あれだけの人が打てば中には合わない人もいるのが普通だし、接種後死者2,000人というけど0の数が違うと思う。
自己責任にするならデメリットの部分もきちんと表に出さないと、この旦那さんみたいにやりきれない想いをする人も出るよね。
罹ったって何も悪くないし、重症化予防と謳いながら結局病床を埋めてるのも死んでいるのも4回、5回打ってるはずの高齢者だし。
そのために他の病気の治療が延び延びになってしまったりして、わけわかんないや。
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